それは遠い昔。
まだユウとアレンが知り合うよりも遥か前の出来事だった。
「……よっ! 今日もひとりで暗く剣の番人か?」
「……煩せぇ。
お前こそ、一人でふらふら、飽きもせずに何処ほっつき歩いてやがる」
「ん? 知りたい?」
「……なもん、知りたくもねぇよ」
眉間の皺を深くしながらも、まんざら嫌そうでもなく憎まれ口を利きあう二人。
黒の一族であるユウとティキの姿がそこにあった。
「毎日文句一つ言わずに、こうやって同じ場所にいるお前のために、
今日はいいモンを持ってきてやったぜ?」
微笑むティキの手の中には、
誰もが目を見開くほどの美しい白い薔薇の苗木があった。
「……これは……?」
「まぁな、お前は花っていう柄じゃないとは思ったんだけどな。
殺風景なこの庭に黙っているのも味気ないだろ?
だからこの天界一綺麗だっていう薔薇の苗木を拝借してきた。
結構苦労したんだからな?
この苗木は俺と同じで元気がいいから、
あっという間にこの庭を花で埋め尽くすぜ?」
にやりと笑う親友の姿に何かを感じたのか、ユウは怪訝そうに眉をつり上げる。
「お前が薔薇の花だなんてな……
この天界に雨でも降らせるつもりか?」
「……わ、ヒデぇなぁ……
俺のこの純情を、お前は踏みにじるのかぁ?」
あくまでもちゃらけた雰囲気を壊すことはせず、ティキはユウに語りかけた。
「だってさぁ、お前は生きることの楽しさを放棄してんだろ?
ま、それを俺が言ったんじゃ洒落になんねぇけどなぁ……
お前のお陰で仲間がお咎めなしにココで暮らしていけんだから、
皆は感謝してんだろうけど……俺は……正直まだ納得してねぇ」
「何を今更?」
「無理しねぇでさ、俺が代わってやってもいんだぜ?
その剣の……護人……」
「そんなことはしなくてもいい。 俺は好きで此処にいる……」
はぁ。とティキは大きな溜息を付いて、ユウの傍に近寄ると腰を下ろす。
目の前の綺麗な天使は、
生まれながらにして己の運命を諦めているかのように見えた。
それがいつも心もとなくて、ティキは心を悩ませていた。
「最近俺が良くこの城を抜け出してんのは知ってんだろ?」
「……ああ……」
「何処行ってんか、当てて見る?」
「おおかた、どこぞの綺麗な女の所だろ?」
おおっと言った様子で目を見開いたティキは、
当たらずとも遠からずなその応えに満足そうに頷いた。
そしていかにも凄いのだと云わんばかりに、大げさに語りだす。
「お前にしちゃあ、いい勘してる!
実は最近俺が通い詰めてる楽園の端にな、これまた綺麗な天使がいるんだよ!
真っ白で透き通るような肌に銀糸の流れる髪……
……で、その歌声がこりゃまた絶品でさぁ……
なんつーの? 嫌なことも全部忘れさせてくれるっていうの?
そりゃもう、聞いてるだけでうっとりしちまんだぜぇ?」
ほぅと大きく息を吐きながら話をするティキは、さながら美女に恋する少年のようだ。
「……で、お前はその天使に惚れて、毎日そこへ通い詰めてるわけか?」
「ん〜〜、まぁ簡単にいうとそうなっちまうけど、相手は俺なんかにゃ気付きもしねぇ。
噂に寄ると、神様の大のお気に入りらしいし、
どうにもこうにも俺の出る幕なんてないってトコかな?」
「へぇ。お前らしくもなく弱気じゃねぇか?」
「ま、俺にはお前っていう大事な相棒もいるしな。
お前ひとり置いて幸せになるのは気の毒ってもんだ」
「……はぁ?」
「だから、今日はお前に、あの純白の天使の清らかさ分けてやろうと思ってさ」
ユウのセリフなどお構いなしと言った風体でティキは大仰に語ると、
庭の真ん中に手の中の苗木を埋めだした。
そして、健やかに育てと祈るように、己の息をその苗木に吹きかける。
「……で、その白い薔薇の花か?
ったく、お前らしい短絡的な考えで、恐れ入っちまうがな」
「って、俺のこと誉めてくれてる?
それともひょっとして、遠まわしに俺のこと『馬鹿』って言ってる?」
「……言わずして悟れ……」
「……ひっ、ひどぉ〜〜い!! 俺、泣いちゃう〜〜!」
ティキはう泣き真似をしながら、再びユウの元へ戻り隣へ腰を下ろした。
二人が他愛ない会話をしている間にも、庭に植えた苗木はどんどん幹を増やしていく。
そしてあっという間に殺風景な庭を、満開の白い薔薇で埋め尽くした。
「……綺麗……だな……」
「……だろ……?」
茶目っけたっぷりにおどけてウインクをし、親指を軽く立てては
ポーズを決めてみせる親友に、ユウは苦笑する。
「お前にしちゃ、上出来だな……」
「おっ! ユウが珍しく誉めてくれた〜♪
じゃあさ、じゃあさ、ちょっとだけ俺にご褒美ちょうだい?」
「……はぁ……?」
チュっと音を立てて、ティキはユウの唇に軽く触れた。
驚きのあまりしばし呆けていたユウだったが、その後はお約束のキレ具合で、
ティキの頭を思い切り拳骨で叩いた。
それはもうゴンという大きな音が庭中に響き渡るほどに……
「……ったぁ……!
何も思いっきり叩くことはないだろぉ?」
「当然だ! 何、気色わりぃことしやがるっ!!」
「ははっ……気色悪ぃかぁ……
いっつも言ってる通り、俺はお前のことを誰よりも愛してるんだぜぇ?
白い歌姫も棄てがたいけど、やっぱ俺にはお前が一番だからなぁ〜」
「それがいつも余計だと言っている!」
「もう……ユウはつれないなぁ。 ま、それがお前の魅力なんだけどねぇ〜」
二人の間に、恋愛感情などは存在しない。
それはティキも良く理解していた。
幼い頃からティキはユウばかり見てきたから、
彼が自分に対してそういう感情を持っていないことなど
彼自身が百も承知していたのだ。
黒の一族は天界でも抜群の力を有する種族だ。
その力故、太古の昔、天使ルシフェルは己の力に慢心して神に反旗を翻した。
ルシフェルがサタンとして魔界に落ちてからというもの、
天界に残った彼ら黒の一族に課せられた運命は、
あまりに過酷なものだった。
純粋に能力だけで判断すれば、その誰もが上級天使になれる力の持ち主だった。
だが、神の懐に存在している天界では、その神に刃向かった一族に栄華はない。
ほんのごく一部の天使は上級入りが認められたが、
ほとんどの者は下級の天使として、この城の中に封じ込まれたのだ。
そんな黒の一族の中でも、生まれながらに膨大な力を持ったユウとティキは、
ファントムソードの護人の後見人としてその名前を挙げられた。
護人とは神の人身御供に等しい。
一生をその剣に捧げ、剣が封印されているこの城に留まる運命にある。
過酷な運命を、二人のうちどちらかが背負わなくてはならない。
そう悟った時、ティキは自らがその命を差し出す覚悟でいた。
何もかもを一人で背負いこんでしまおうとする漆黒の少年。
この少年を楽にしてあげたい。ティキはいつもそう思っていた。
苦痛ばかりの運命から解き放ってやりたい。
彼の……自由な笑顔が見たい……
ユウの笑顔など、自分の記憶にあるかぎり存在しない。
いくら自分がふざけて笑わせようとしてみても、
彼は決して笑わなかった。
「なぁ……お前って笑い方知らないの?」
「……知らない……」
「面白いとか、楽しいとか、思ったことないの?」
「……ない……」
「じゃあさ、俺が教えてやるよ! 笑い方!」
「……?……何故笑う必要がある?
この世に楽しい事などひとつも無いじゃないか?
楽しくないのに……お前は……笑うのか……?」
幼い頃、真顔で表情一つ変えずに言い放ったユウの瞳が哀しかった。
だからユウにはこれ以上の苦しみは与えてはいけないのだと思った。
悲しみとか、憎しみとか、差別とか、全ての束縛から解き放ってやりたい。
そのために自分が犠牲になる事に、何の躊躇も無い。
――― 自分がファントムソードの護人になろう ―――
だが無情にも、神が選んだのは彼ではなく、このユウだった……
「なぁ、もし俺が本気でお前を愛してるって言ったら、お前はどうする?」
「どうもしない……そのセリフは何百回となく聞いてるからな」
「じゃあさ、もし俺がお前のためにこの世界を変えてやるって言ったら?」
「願っても無い事だ。是非やってみてくれ」
「ホント? で、その結果、もし俺が魔界に堕ちたら……どうする?
ちょっとは……寂しがってくれるか?」
「……本モノの馬鹿か?……お前……」
ふとティキが覗かせた真顔に、ユウは一瞬ドキリとする。
だがこれもいつもの冗談にちがいない。
自分を翻弄して楽しむ為の彼の手段にすぎないと考えたユウは、
それが彼の本気だとは思いもしなかった。
「そうだな……そしたらきっと寂しすぎてどうにかなっちまうかもな」
「……そっか……それを聞いて……ちょっとホッとした……」
最後にティキが見せた笑顔がユウの瞳に焼きついた。
以来、ティキはユウの前からその姿を消した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うぉ〜い、アレ〜ン!」
脳天気にアレンを呼ぶ名が木霊する。
今日もユウの元へ急ぐアレンをティキが呼び止めたのだ。
「……ティキ……」
アレンたち守護天使が住む城のすぐ近くに、ティキは借りの住処を設けていた。
いつもなら素通りする所だだったが、つい先日ユウから彼が友人だと、
それもかなり親密な間柄だったと告げられたのが、
アレンの心の隅に引っ掛かっていた。
「よう、アレン、随分久しぶりジャン?
聞いた話じゃ、最近能天使の城に入り浸ってるって?」
「……キミも……本とはあの城の住人だったんでしょ?
……ユウから……聞きました……」
「へぇ、あのユウがお前にそんなことまで話したんだ?
無口なあいつがそこまで話すなんて、お前らよっぽど仲いいんだなぁ?」
からかう様な口調で話しかけるティキの瞳が笑っていない。
それが自分に対する明からさまな挑戦のように思えたアレンは、
苛立つ気持ちを抑えながら努めて冷静を装うとした。
「ええまぁ……きっと以前のキミと彼の仲よりは、良いと思いますよ?
僕は少なくても黙って彼の前から消えたりしませんから」
「へぇ……アレンもそういう挑戦的な瞳をするんだ?
知らなかったなぁ。
けど俺は黙って消えたわけじゃないぜ?
ちゃんとユウは理由を知ってるはずさ。
まぁ、別に赤の他人に話す内容でもないからなぁ……
だからあいつも話さなかったんだろ?」
「……くっ……僕とユウは赤の他人なんかじゃあありませんっ!
ば、馬鹿にしないでくださいっ!」
とうとうティキの挑発に乗せられてしまったアレンは、声を荒げる。
すると、ティキは面白そうに喉を鳴らした。
「ほぉんと、アレンと話してると楽しいなぁ」
「ふざけないでください。キミとユウの間に何があったって言うんですかっ!」
「……知りたい……?」
「……っっ!……」
顔を真っ赤にして掌を握り締めるアレンの傍にティキは近寄る。
そして耳元でそっと囁くように呟く。
「もしアレンが俺のモノになってくれるって言うんなら、
教えてやってもいいよ? 俺たちのカ・ン・ケ・イ……」
チュッとアレンの首筋に唇を寄せると、アレンは驚いてその身を退かせた。
「なっ、何を言ってるんですかっ!
僕は貴方のモノになるつもりなんてこれっぽっちもありません!」
アレンは唇をわなわなと震わせてそう叫ぶと、
逃げるようにその場から飛び立った。
そんな純朴な彼の後姿を眺めながら、ティキは不敵に微笑む。
「ふぅ……白い君にも振られちまったか……
けど、そうやって二人で仲良くしていられるのも今だけさ。
せいぜい仲良くしておくんだな……」
ハート
――― お前の心臓は……俺のモノだから……
そう呟く男の瞳は、背筋が凍るほどの黒い輝きで満ちていた。
NEXT⇒
≪あとがき≫
さぁていよいよティキぽん登場〜★
神田とアレンの関係にティキぽんを絡ませたら面白いだろうなぁ〜と
常日頃思ってましたので、ここで登場させてみましたv
第98話でティキが見せた涙は、本当は神田のためだったら??
……などと想像してしまった故の展開です;
ティキアレの方が萌えますが、ティキ神根底にありのティキアレも結構イケルのでは?v
そう思ってしまうのは私だけ……??Σ( ̄ロ ̄lll)
ちなみに小説版の方はラビが登場します。無論リナリーとコムイも絡んできます。
こちらは既に完結済み。
こちらとは全く別の展開で行く予定ですv
さぁて、ティキは一体何を企んでるのでしょう??
この後、第10話から、話は怒涛の展開です。
皆様、楽しみにお待ちになっていてくださいませ〜〜m(_ _ ;)m
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〜天使たちの紡ぐ夢〜 Act.9